異界手帖 十三章:帰る場所

「太君、来たわね。って、何で結ちゃんもいるのかしら」
「それは好奇心につられて、といった所ですわ」
 たまきは愛らしい笑顔を振りまくが、それと反比例するかのように望月は顔を強張らせる。
「その笑顔がほんのりと怖いわね。ひょっとして何か企んでる?」
「いいえ、何も。斎宮さんの知っての通り、私はもうか弱いひ弱な少女よ」
「嘘おっしゃい。まだ少し力を感じるわよ」
「あら、バレちゃいました?」
 異界の門を閉じた時、たまきは消滅こそ免れたものの、自身に宿していた力の大部分を失った。仮に『真統記』を再び手にしたとしても、もう門を開けることは二度と出来ないであろう、と望月が言っていたことを太は思い出す。
「本当に油断ならない子ね。末恐ろしい」
「同属嫌悪ってやつか」
 望月の後ろで天野がニヤニヤとして腕を組み壁によりかかっていた。望月は天野の方を振り向いてニッコリと笑う。
「天野君。今のは聞かなかったことにしてあげるけど、あまりあけすけに発言すると、痛い目見せるわよ」
「見せるのかよ。こええな」
「安心してください。天野さんが痛い目に遭ったら出来る限りで治療します。出来る限りで」
 天野の横で座っていた弓納は淡々と言った。
「それで、今日集まったのはどうしてでしょうか?」
「そうね、本題に行きましょう」
 望月は机に資料を広げた。写真に報告書と様々な資料が並んでいる。写真のいくつかには黒を基調とした服に身を包んでいる人影が写り込んでいる。
「最近、おかしな仮面を被った怪人が街に出没しているって話があるの。おそらく彼の仕業によるものであろう盗難事件が何件も起きてるわ」
「あ、知ってます。"怪盗X"。資産家の豪邸や有名な施設に入って名のある美術品や宝石を盗み出すも、その正体はようとして分からない。大学でも話題になってますよ。それにネットでもコミュニティみたいのが出来てますね」
「それ、私も知ってます。高校でも話題になってましたから」
 太と弓納は二人して目を輝かせて資料に食いつく。その様子を少し鬱陶しそうに天野は眺める。
「ステレオタイプの怪盗だな。今時そんなことして流行るんかね」
「さあ」
「でもこの怪盗事件がどうかしたんですか? 盗難事件があったっていっても、それはここの仕事と関係ないんじゃ」
「それはどうかしら。偶然、事件現場に居合わせたよその客士が怪盗と思しき人物に遭遇、これを捕えようとするも、返り討ちに遭って病院送り。客士は言ってたわ。『あれは只の人間ではない。魔人だ』って」
「魔人、ね」
 天野はたまきの方を振り返るが、たまきはきょとんとしている。
「あら、おじさま。私に何か付いています?」
「いいや、別に」
 ふと、たまきが視線を落とすと、そこにあった資料に飛びつく。
「これってお父さんが追っている事件だわ」
「こら結ちゃん。勝手に入らない」
「いいじゃありませんか? 私が見たところで特段、減るものではないでしょう?」
「もう、勝手になさい」
「ねえ客士の皆様。前回のお詫びもあることだし、少しくらいなら協力してあげてもよろしくってよ」
「え、たまき。一体何を」
「はじめ。私、まだ貴方よりは腕は立つわよ。それに少しくらい頭は回るわ」
 たまきはニッコリと笑う。
「言っても、まあ聞かないわよね……仕方がないわ。いいわ、協力してもらいましょう」
「やった。よろしくね、皆さん」
「でも坂上さんの許可は取りなさい。貴方は一応子供なんだから」
「ええ、もちろん。お父さんならきっと分かってくださいますわ」
「今回だけよ、全く」
「賑やかになりますね」
「たまき、でも無理したら駄目だよ」
「ええ、はじめ」
 太はふと外を見上げる。
 晩冬の空には神社に植えられていた梅の花が楽しそうに舞っていた。

――異界手帖 終わり