鬼姫奇譚 二章:考本

「ああもういけない、遅くなっちゃった」
 日夏は急いで荷物を学生カバンにまとめる。外はもうすっかり日が沈んで闇が町を包んでいた。
「まだ八時くらいだってのに、どうして学校ったらこんなに夜中にいる気分にさせてくれるのかしら」
 そう言い放ちながら彼女は生徒会室の明かりを消して廊下に出る。
「流石にもう誰もいないわよね。さっさと鍵戻して帰ろうっと」
「ねえ、……ちゃん」
「お?」
 日夏は廊下の前方を見て、それから後方を振り返る。
「気のせいか。私疲れてるかなーひょっとして――」
 突如、日夏の横を突風が通り過ぎた。乱れた髪の下からは、ゆっくりと汗が滴り落ちていく。
「ど、何処かに窓でも空いてたかな。うん、きっとそうだ」
「そんなわけないでしょう。すぐに現実逃避する癖はいつまでも治らないのね」
 何処からともなく、女の子の声が廊下に響く。聞き覚えのある声。最後に聞いたのはいつ頃だっただろうか。
「……その声」
「そうよ。久しぶりね、"アリスちゃん"」
「ちょっと、こそこそ隠れてないで顔出しなさいよ」
「ふふ、残念だけどそれはお断りするわ。それよりいいのかしら?」
「な、何がよ」
「小梅ちゃん、あの娘のこと」
「え、あんた……!」
「どうしてそんなに怒るのかしら。あの娘を巻き込んだのは貴方でしょう?」
「う、それは」
「確かにあの娘、どこか浮世じみた気配があるものね。貴方がどうやって彼女に協力させているのか分からないけれど、当てにする気持ちも分かるわ」
「あの娘に非道いことしないで。そんなことしたら許さないから」
「……じゃあね。これ以上余計な詮索をしないんだったら、私も何もしないわ。でも、まだ詮索するんだったら、ね?」
 そう言い残したきり、声はしなくなってしまった。
「させないわよ、そんなこと、絶対に」
 日夏は誰もいない虚空に向かってポツリと呟いた。