鬼姫奇譚 二章:考本

「考本の起源は古く、確認されている限りでは古代メソポタミア文明まで遡ることが出来る。当時の文書行政を始めとする人間の様々な活動は粘土板によって担われていたが、いかんせん物がかさばるために、その欠点をどうにかしてしまおうと考える者達がいた。それは古代の魔術師であるが、彼らは……考え……端末として……ここらへん、欠けてる」
 分厚く重厚に装幀された巨大な本を書見台に置いて、弓納はページをゆっくりとめくっていく。
「ふう。なんだか、大事な所が抜けてるような」
 探している本の名前は『Promethean filia(秘匿されるべき書架)』。ひい爺ちゃんは考本って言ってたわ、弓納は日夏から伝え聞いていたことを反芻しながら、ゆっくりと本を閉じた。
「おや、考本ですか。懐かしいな」
「わっ!」
 弓納は咄嗟に振り向く。そこには、彫刻のように顔立ちの整った長身の男が立っていた。
「失礼。驚かせてしまったようだ」
 男はゆったりとした動作で軽く頭を下げる。
「いえ、別に大丈夫です」
「私は秋月洋介という。君の名前は?」
「弓納です。弓納小梅。失礼ですが、秋月さんは外国の方、でしょうか?」
「いいや、名字の通り日本人だよ」
「そうなのですか? 確かに、日本語はナチュラルですが」
「はは、やはり見た目がそう見えてしまうからか。そうだな、昔は確かに日本人ではなかったが、色々あってね。さて、そんな私の身の上話より、ふむ、弓納君。君はまたどうして考本などというものに興味を?」
「それはのっぴきならない事情が有りまして。あの、考本について何かご存知なのですか?」
「ああ、少しくらいだが知っている。考本というのは生きた魔導書だ。自分で物を考え、行動する。今で言う所のArtificial Intelligence、つまりAIといったところか。中には魔術の類を駆使する考本もある」
「魔法使いの本なんですか? あれ、本の魔法使い?」
「ははは、そこは魔法を使う本、でいいのではないかな」
「そ、それもそうですね」
「余談だが、本などと銘打ってはいるものの、別段本の姿をしているとは限らない。それこそ、どういう姿をしているかはその製作者の思想、嗜好性によりけりなのだが」
「なるほどですね。ありがとうございます、参考になりました」
「いや、これくらいは構わないよ」
「秋月さんはここには何を?」
「遠い昔に読みそびれた本があってね。それがここにあると聞いたから読みに来たのさ」
「客士、でしょうか?」
「まあそんなものだと思ってもらっていい。君も"この世界に関わる者なら"またいずれ会うこともあるだろう」
 秋月は踵を返そうとしたが、ああ、と弓納の方を振り返った。
「それと一つ、考本について大事なことを伝え忘れていた」