天野の体から文字のようなものが手を伝って出てくる。それは、儀式用に使うような斧へと形を変えた。
「フミツカミ、ですか。豊前翁が話していたあの娘といい、つくづく曰くつきの集まりね、貴方達」
 傷一つない信太は静かに立ち上がり、衣服や顔についた埃を払いながら言った。
 フミツカミ、というのは天野の行使する特殊な技術のことである。
 それは神霊やそれに近しい者、例えば神官などが用いるものである。普段人間達が使っている文字は他人に自分の意図を伝えることが目的で使用され、文字の使いようによっては他人を殺してしまうことも出来るそれは、詰まるところ他人に対して作用する力であるが、フミツカミというものはそれだけにとどまらない。
 フミツカミは"世界に対して作用することも出来る力"である。簡単な例えだと、人の字で火を意味する記号を紙に書いた所で何も起きることはないが、フミツカミでならばそれが実際に現象として起きてしまうのだ。
「そうか? まあ確かにこれを使うにあたって色々と面倒なことがあるが、それは置いとくとしてもだ、客士なんて大体こんなのばっかりだと思うぜ」
「そうですか? この前お会いした客士と名乗るお方はいかにも、といいますか、現代呪術を行使する中々真っ当な方でしたので、そういうものだと思っていました」
「そうかい。じゃあ俺の認識が間違ってるのかもな」
「別にどちらでも構いません。どうせ私にとっては瑣末な出来事ですから」
「そう冷たいことを言うなよ。あんた、名前は?」
「信太です。信太乙葉」
「それは渾名か?」
「ええ、それが何か?」
「いや、真名を教えちゃくれねえかなって思ってな」
「教えるものですか。世の中には真名を聞いてまじないをかける者もいると聞く」
「俺はそんな高等なことは出来んよ。それが出来るのはもう人間じゃない」
「信じられないわ。詐欺師は平気で嘘をつくもの」
「詐欺師でもねえよ。まあいい。ところで俺は天野という」
「知っています」
「嬉しいね」
「話はここまでです。来なさい」
「言われなくともそのつもりだ」
 天野は斧を構えて、一直線に信太に向かっていった。 

 天野の体から文字のようなものが手を伝って出てくる。それは、儀式用に使うような斧へと形を変えた。
「フミツカミ、ですか。豊前翁が話していたあの娘といい、つくづく曰くつきの集まりね、貴方達」
 傷一つない信太は静かに立ち上がり、衣服や顔についた埃を払いながら言った。
 フミツカミ、というのは天野の行使する特殊な技術のことである。
 それは神霊やそれに近しい者、例えば神官などが用いるものである。普段人間達が使っている文字は他人に自分の意図を伝えることが目的で使用され、文字の使いようによっては他人を殺してしまうことも出来るそれは、詰まるところ他人に対して作用する力であるが、フミツカミというものはそれだけにとどまらない。
 フミツカミは"世界に対して作用することも出来る力"である。簡単な例えだと、人の字で火を意味する記号を紙に書いた所で何も起きることはないが、フミツカミでならばそれが実際に現象として起きてしまうのだ。
「そうか? まあ確かにこれを使うにあたって色々と面倒なことがあるが、それは置いとくとしてもだ、客士なんて大体こんなのばっかりだと思うぜ」
「そうですか? この前お会いした客士と名乗るお方はいかにも、といいますか、現代呪術を行使する中々真っ当な方でしたので、そういうものだと思っていました」
「そうかい。じゃあ俺の認識が間違ってるのかもな」
「別にどちらでも構いません。どうせ私にとっては瑣末な出来事ですから」
「そう冷たいことを言うなよ。あんた、名前は?」
「信太です。信太乙葉」
「それは渾名か?」
「ええ、それが何か?」
「いや、真名を教えちゃくれねえかなって思ってな」
「教えるものですか。世の中には真名を聞いてまじないをかける者もいると聞く」
「俺はそんな高等なことは出来んよ。それが出来るのはもう人間じゃない」
「信じられないわ。詐欺師は平気で嘘をつくもの」
「詐欺師でもねえよ。まあいい。ところで俺は天野という」
「知っています」
「嬉しいね」
「話はここまでです。来なさい」
「言われなくともそのつもりだ」
 天野は斧を構えて、一直線に信太に向かっていった。 

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