生野邸の庭園。短く丁寧に刈りそろえられた芝生の生い茂る場所で弓納と紺色のスーツの男は対峙していた。
「やあこの前はどうも。やっぱり君も来ていたのか」
「はい、その説はどうも」
「君とあの青年にはまんまと一杯食わされたよ。あの投擲は文字通り投げやりのつもりでやっていたのだと思っていたからね」
 そう言いながら、男は少し自嘲気味に笑う。
「恐縮です」
「ところで名前を聞いていなかったな。君の名はなんという?」
「弓納です。貴方の名前も教えてください」
「ああ、もちろんだ。今は豊前翁、と名乗らせてもらっている。笑わないでくれよ。酔狂で付けた名前ではない。ちょっと気取った名前にはちゃんと由緒があるのだから」
「それは大丈夫です。豊前翁、覚えました」
「さてさて、挨拶も済んだことだ。今度はあの時のようには行かないよ。次に尻尾を巻いて逃げるのは君の方だ」
「そうですか。でも、負けません」
 弓納は手にしていた朱槍を軽やかに数回転させる。回転させている時もその視線は常に豊前翁を向いたままである。
「来ないのかい?」
「別にどちらでも」
「では今度は私から」
 豊前翁は徐ろにスーツの内ポケットから扇のようなものを取り出した。
「君に実に相性が良さそうものを用意した。これが何か分かるかな?」
「形状から大体予想は付きます。風を吹かすものではないですか、天狗さん」
 淡々と言われて、豊前翁は苦笑する。
「その通り。芭蕉扇とは言わないが、これも負けず劣らず烈風を起こす一品だ。どれ」

 生野邸の庭園。短く丁寧に刈りそろえられた芝生の生い茂る場所で弓納と紺色のスーツの男は対峙していた。
「やあこの前はどうも。やっぱり君も来ていたのか」
「はい、その説はどうも」
「君とあの青年にはまんまと一杯食わされたよ。あの投擲は文字通り投げやりのつもりでやっていたのだと思っていたからね」
 そう言いながら、男は少し自嘲気味に笑う。
「恐縮です」
「ところで名前を聞いていなかったな。君の名はなんという?」
「弓納です。貴方の名前も教えてください」
「ああ、もちろんだ。今は豊前翁、と名乗らせてもらっている。笑わないでくれよ。酔狂で付けた名前ではない。ちょっと気取った名前にはちゃんと由緒があるのだから」
「それは大丈夫です。豊前翁、覚えました」
「さてさて、挨拶も済んだことだ。今度はあの時のようには行かないよ。次に尻尾を巻いて逃げるのは君の方だ」
「そうですか。でも、負けません」
 弓納は手にしていた朱槍を軽やかに数回転させる。回転させている時もその視線は常に豊前翁を向いたままである。
「来ないのかい?」
「別にどちらでも」
「では今度は私から」
 豊前翁は徐ろにスーツの内ポケットから扇のようなものを取り出した。
「君に実に相性が良さそうものを用意した。これが何か分かるかな?」
「形状から大体予想は付きます。風を吹かすものではないですか、天狗さん」
 淡々と言われて、豊前翁は苦笑する。
「その通り。芭蕉扇とは言わないが、これも負けず劣らず烈風を起こす一品だ。どれ」

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